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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(あ)1777号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人伊藤直之、同伊藤俊郎の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は量刑不当の主張であつて適法な上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ職権をもつて判断するに、原判決の認定するところによれば、被告人は、普通乗用自動車を無免許で運転中に、自車をガードレールに衝突させた上、海中に転落させる事故を起こし、警察官の取調べを受けたが、その際警察官に対し、同乗者はいなかつたと嘘をついたため、警察官は、被告人が無免許運転中に物損事故を起こしたものとして事件を処理したところ、右事故発生の二週間後に至り、被告人は、自己の運転していた自動車に同乗者がおり、同人が右転落事故により負傷したという業務上過失傷害の事実を、初めて、電話で警察官に申告したというのである。

原判決は、被告人が本件業務上過失傷害の事実を警察官に申告した当時、右の事実はいまだ官に発覚していなかつたと認めながら、被告人は、警察官に対し、同乗者はいなかつたと虚言を弄して、一時的にもせよ事件の発見を妨げたものであるから、その後真実を申告したとしても、右申告は、捜査、処罰を容易ならしめるため捜査官憲に対して自ら進んで犯罪を申告した場合とは趣を異にするもので、自首制度の趣旨、目的にかんがみれば、被告人の犯罪事実の申告は自首にあたらないと解するのが相当である旨を判示して自首の成立を否定した。

しかしながら、本件事案において、捜査にあたつた警察官は、被告人が業務上過失傷害の事実を申告するまで、同人に対し人身事故の嫌疑は抱いておらず、右申告は警察官の尋問を待たずに進んで行われたものであるから、被告人が、警察官に真実を告げず、その場をつくろつて自己に嫌疑が及ぶことを妨げた事情があつたとしても、原判決がその説示するような理由により被告人について自首の成立を否定するのは正当でなく、本件業務上過失傷害、道路交通法違反(人の負傷を伴う交通事故の報告義務違反)については、被告人の自首があつたものと認めるのが相当であり、被告人について自首の成立を否定した原判決の判断は刑法四二条一項の解釈を誤つたものというべきである。

しかし、記録に徴すると、被告人に対する原判決の宣告刑は、右自首の事実を考慮に入れたとしても、なお重きに過ぎるとは認められず、いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 牧圭次 島谷六郎)

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